09卷之八重濁

2009年7月21日 (火)

巻之八〔重濁〕その名はジーク(7)

 零戦の復元という大仕事を果たしたマッコイ大尉は、次いで43年の夏に日本陸軍の「隼」も復元したが、もう一つ、もっと重要な仕事を果たした。捕獲した日本軍航空機の残骸に刻印されている記号や数字を収集し、そこに潜んでいる意味を読み取ろうとしたのである。

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巻之八〔重濁〕その名はジーク(6)

 次に彼がしたことは、太平洋の島々で捕獲した零戦の残骸をかき集めて、飛行が可能な機体を復元することだった。このためにマッカーサーは、太平洋に展開する全アメリカ軍に、日本軍航空機の残骸を発見したときどう対処すべきか、厳しい規律を通達している。

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巻之八〔重濁〕その名はジーク(5)

  ここに、フランク・マッコイという陸軍大尉が存在した。この人物が「タイプ・ゼロ」の全貌を解明していくことになる。
 フランク・マッコイは1937年にオクラホマ大学の法学科修士課程を卒業し、いったんは弁護士になったが日米開戦を機にカンザス州の陸軍大学将官課程に進んだ。
 

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巻之八〔重濁〕その名はジーク(4)

 杉田庄一は1925年新潟県に生まれ、42年10月ラバウル航空隊に所属した。43年4月、山本五十六司令長官座乗の一式陸攻を護衛した零戦6機のうちの一だった。同年8月戦闘で重傷を負い内地に送還されたのちマリアナ諸島方面、フィリピン方面を転戦して内地に帰還。45年4月戦死、享年20。撃墜数は70機とされる。

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巻之八〔重濁〕その名はジーク(3)

 余談だが、零戦乗りでいちばんの暴れん坊として知られた赤松は、中国戦線で活躍した古豪で、撃墜機数をカウントする習慣がなかったため正確な数は分からない。


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巻之八〔重濁〕その名はジーク(2)

 同時に新型機の開発が火急の課題となった。日本の「タイプ・ゼロ」に対して、従来の主力戦闘機「ワイルドキャット」は操縦性能、航行速度、旋回能力において、「P―36」は破壊力と航続距離において敵わないと認めることからスタートした。

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巻之八〔重濁〕その名はジーク(1)

 なぜ、コレヒドール要塞にIBM社のパンチカード・システムがあったか。それを書く前に、もう一つ、アメリカ軍による“ガラクタ集め”のことを記しておきたい。

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巻之八〔重濁〕鹵獲品(7)

 業を煮やした帝国海軍軍令部は、次の作戦行動の準備にあった機動部隊の一部を割いてウェーキ島攻略の“支援”に当たらせることにした。“支援”というのは機動部隊の面子を立てた表現であって、実態は攻撃の主力である。空母「蒼龍」「飛龍」の2隻を中軸に、重巡洋艦「利根」「筑摩」「青葉」「衣笠」「加古」「古鷹」の6隻、駆逐艦「夕凪」「朝凪」の2隻、輸送船「聖川丸」「天洋丸」の2隻というから、大艦隊といっていい。

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巻之八〔重濁〕鹵獲品(6)

 日本軍は上陸をあきらめて撤退していったが、ウェーキ島守備隊も甚大な損失に直面していた。6機のワイルドキャットのうち1機が砂浜に不時着陸して炎上、もう1機もエンジンがばらばらになってしまった。

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巻之八〔重濁〕鹵獲品(5)

 4機は高度3400メートルに待機していた。ところがマーシャル群島クェゼリン環礁の基地から飛んできた日本軍の零戦と九六式陸上攻撃機計34機は、高度600メートルという低空で侵入した。そのために哨戒機はまったく気がつかなかった。

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巻之八〔重濁〕鹵獲品(4)

 鹵獲品を押収したのは日本軍だけではない。
 連合国軍も日本軍から様々なものを押収した。
 ただし連合国軍が手に入れたのは、ガラクタの類だった。とりわけアメリカ軍がガラクタの収集に熱心だった。

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巻之八〔重濁〕鹵獲品(3)

 鹵獲品はどうだったろうか。
 マレー侵攻作戦で日本軍は次のような大量の鹵獲品を押収した。

 ●火砲約740門
 ●重軽機2500挺以上
 ●小銃類約6万挺
 ●自動車約1万台
 ●機関車・貨車約1000輌
 ●戦車・装甲車約200輌
 ●航空機10機

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巻之八〔重濁〕鹵獲品(2)

 バターンにおける連合国軍捕虜の扱いは、戦後、日本軍がいかに残虐非道であったかの例証として喧伝された。しかし、『太平洋戦争』はその説を採っていない。
 児島襄は次のように書く。

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巻之八〔重濁〕鹵獲品(1)

 南方作戦に限らず、日本軍は自軍の兵士に武器・弾薬はおろか、満足な食糧と医薬品を配給できなかった。不足する武器・弾薬は敵陣から奪い、それでも足りなければ「大和魂」で埋め合わせるのである。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(8)

 〈捕虜〉

 戦争につきまとうのは戦死、戦傷だけではない。捕虜と鹵獲品が必ず出る。戦いに勝った側にとって、捕虜は有用な情報源であり労働力であると同時に、食糧や医療の点では負担になる。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(7)

 〈集中砲撃〉1942.4.30

 同月末に入江元大佐が率いる野戦重砲兵第一連隊が満州から転進した。入江は「砲術の名人」とされた歴戦の軍人であって、先任の野砲兵第四連隊、野砲兵第二十二連隊、野戦重砲兵第八連隊、独立重砲兵第九大隊、独立重砲兵第二中隊を統一指揮に再編した。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(6)

 〈バターン総攻撃〉1942.4.3

 日本軍は4月3日からバターン半島に総攻撃を仕掛けた。
 北野憲造中将が率いる第四師団、河村参郎少将麾下の第五師団一個連隊、川口清健指揮の第十八師団一個大隊および、重砲連隊などが動員された。兵力3万、砲200門、航空機96機、さらに50台の戦車が投入されている。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(5)

 〈ウェインライト〉

 マッカーサーから体よく指揮を委ねられたウェインライトは、ただちに「4月15日までに食糧の補給がなければ、降伏せざるを得ない」 とワシントンに打電した。責任逃れの布石を打った、といえなくもない。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(4)

 〈逃げるに如かず〉

 ある意味で太平洋戦争は、彼にとって千載一遇のチャンスだった。生来、目立ちたがり屋だった彼は第一次大戦ではヘルメットを被ることなく、手には馬の鞭を持って最前線の指揮に当たったという逸話がある。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(3)

 〈マッカーサー〉

 参謀本部からの返事に本間中将は絶句し、ルソン島占領作戦の行方に暗澹たる思いを強くした。だがそれは、太平洋戦争におけるジャングルの戦い全体から見れば端緒に過ぎなかった。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(2)

 〈渡集参甲第二十六号〉1945.2.10

 この状況を見て、本間中将は2月10日、本国の参謀本部に宛てて報告書を送った。「渡集参甲第二六号」とされる報告書がそれである。

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巻之八重濁 アイ・シャル・リターン(1)

 〈第六十五師団〉

 バターン半島の攻撃を命じられたのは、奈良晃中将が率いた第六十五師団(奈良師団)である。この師団は、1942年1月1日にリンガエン湾に上陸した。先遣部隊として緒戦を戦い、蘭印侵攻作戦に転進した第四十八師団と入れ替わりでマニラに入ったのは1週間後の1月8日だった。

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巻之八重濁 コレヒドール(8)

 〈籠城〉

 いや、食糧はそこそこにあった。

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巻之八重濁 コレヒドール(7)

 〈軍政宣布〉1942.1.2

 1942年1月2日、マニラ市を無血占領した本間雅晴は翌日から軍政を敷いた。

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巻之八重濁 コレヒドール(6)

 〈マニラ陥落〉1941.12.22

 ここに大砲門が備えられた。

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巻之八重濁 コレヒドール(5)

 〈要塞〉

 コレヒドールはルソン島マニラ湾に浮かぶ東西6.2キロ、南北2.1キロの小島である。その意味はスペイン語の「地方長官(Coregidor)」であって、つまりアメリカの前の支配者だったスペイン人が名づけた。

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巻之八重濁 コレヒドール(4)

 〈フィリピン攻略〉

 ともあれ開戦から4か月で、日本軍はインドを除く東南アジアのほぼ全域を占領した。これほどの軍事的成功は、アレキサンダー大王、チンギスハン、ナポレオンをも上回る。

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巻之八重濁 コレヒドール(3)

 〈大和竣工〉1941.12.16

 ナチス・ドイツ敗退のニュースを大本営はどうとらえたか。
 ――我らには大和魂がある。
 ぐらいに考えていた可能性なしとしない。

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巻之八重濁 コレヒドール(2)

 〈バルバロッサ〉

 ヨーロッパ戦線の転機とは、ナチス・ドイツなかんずくアドルフ・ヒトラーが最大の関心を寄せていたロシア攻略が失敗に帰したのだ。いわゆる「バルバロッサ」作戦がそれで、ナチス・ドイツは135個師団350万人の兵を投入しながら、ナポレオンと同様、冬将軍に負けた。

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巻之八重濁 コレヒドール(1)

 〈1941.12~1942.4〉

 確認の意味で1941年12月から1942年4月末までの出来事を年表から書き出す。

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イギリス極東艦隊(8)

〈バンドン攻略〉1942.3.10

 総指揮を取るべきはイギリス軍だった。同軍のウェーベル大将が総司令官だったのだが、彼は戦況の不利を見ていち早くインドに逃げてしまった。

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イギリス極東艦隊(7)

〈パイオニア大隊〉1942.3.3

 同日午後4時15分に双方が砲口を開き、約2時間の撃ちあいで第一次海戦が終了した。
 日本軍には被害がなかった。
 反対に、連合国艦隊はオランダとイギリスの駆逐艦各1隻が撃沈された。

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イギリス極東艦隊(6)

〈ABDA艦隊〉1942.2.27

 オランダ極東軍司令部は、日本軍がバンドンの制圧を目指してジャワ島に殺到すると予測していた。

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イギリス極東艦隊(5)

〈シンガポール陥落〉1942.2.15
 2月7日夜から日本軍のシンガポール上陸作戦が開始された。激戦の末、15日午後4時にパーシバル中将が降伏を申し入れ、マレー攻略作戦は一応の終結を見た。日本軍は開戦から18日後に香港を占領し、続いてシンガポールを手に入れた。次の照準はオランダ領インドシナとフィリピンである。

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イギリス極東艦隊(4)

〈怪傑ハリマオ〉1941.12.10

 日本側の記録によると、12月10日、サイゴン航空基地から美幌航空隊に所属する九六式陸上攻撃機33機が発進した。本隊の25機はイギリス艦隊を発見できなかったために引き返した。やや遅れて離陸した別働隊の8機は、偶然、雲の切れ目に大型艦船の航跡を見ることができた。

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イギリス極東艦隊(3)

〈フリーマン・レポート〉

 太平洋戦争が勃発する直前の1941年9月19日、駐華アメリカ大使館の陸軍武官補(大尉)フリーマンが、本国および、連合国に発信した情報を、彼らは頭から信用しなかった。

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イギリス極東艦隊(2)

〈Z部隊〉

 味方偵察機からの情報では、日本軍が動員している艦船は戦艦1、重巡洋艦2、軽巡洋艦2、駆逐艦20だった。対してフィリップスが率いる極東艦隊は航空母艦こそ欠けていたものの、超弩級旗艦「プリンス・オブ・ウェールズ」、巡洋戦艦「レパルス」以下、巡洋艦3、駆逐艦4、砲艦3を保有していた。
 数においてほぼ互角である。

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イギリス極東艦隊(1)

〈マレー〉

 日本の大本営は、アメリカ連合艦隊の殲滅と、マレーの迅速な攻略に重きを置いていた。開戦初期にアメリカとイギリスに決定的な打撃を与えることは、太平洋の戦局を有利に運ぶ以上の意味があった。それによって、ヨーロッパ戦線におけるナチス・ドイツ軍の優勢を確定させ、短期間に有利な条件で太平洋戦線を終結できると見ていたためだった。そこでマレー攻略作戦では、飛行場の占領・確保と、敵航空兵力の壊滅に全力をあげた。

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2009年7月20日 (月)

トラトラトラ(6)

〈大根を買って来い〉1941.12.9

 当初の計画段階では、帝国海軍の艦船、航空機は半数が失われると予想された。山本の立場に立てば、米空母を捕捉するまで索敵機を飛ばし、たとえ攻撃機を半数近く失っても刺し違えるべきであるということなる。それでも作戦は成功ではないか。

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トラトラトラ(5)

 〈訓令〉

 太平洋戦争の初戦に関する謎は、いまだに決定的な回答を得るに至っていない。

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トラトラトラ(4)

〈海軍よ、決起せよ〉

 この時点で第二次大戦の見通しに確信を持ったのはただ一人、イギリスのチャーチルであった。
 彼は日本軍が真珠湾を攻撃したと聞いて、
 ――これでナチス・ドイツに勝てる。
 と考えた。

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トラトラトラ(3)

〈もう一つのトラ信号〉現地時間1945.12.8

 攻撃成功を知らせる「トラ」信号を発し得たのは、横山正治中尉指揮の伊号第十六潜水艇である。航空機による奇襲攻撃が終了してからずいぶん遅れた8日午後6時11分、まだ海上に浮かんでいた戦艦ウエスト・バージニアとオクラホマに魚雷各1本を命中させ撃沈にいたらしめた。

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トラトラトラ(2)

〈壊滅的被害〉

 湾内に停泊していた艦船の18%が何らかの被害を受け、戦艦は8隻中5隻が撃沈されている。被害を受けなかった艦船も、沈没・大破した大型艦船が障害となって湾内での航行が不能になった。真珠湾は軍港として機能しなくなった。

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トラトラトラ(1)

〈湾内に94隻〉現地時間1945.12.7

 日本軍による真珠湾攻撃のことは、攻撃隊総指揮官だった淵田美津夫中佐指揮の九七式艦上攻撃機が発した
 ――トラトラトラ。
 の暗号電文で、あるいは日米合作映画『トラトラトラ!』(1970、20世紀フォックス)で広く知られる。

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日米開戦(7)

 〈大本営発表〉

 日本時間12月8日午前6時、アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアなど連合軍に対して宣戦を布告した旨の政府声明がNHKラジオを通じて発表された。

  大本営陸海軍部発表
 帝國陸海軍は本八日未明西太平洋において米英軍と戦闘
 状態に入れり 

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日米開戦(6)

〈ハナサク、ハナサク〉
 支那派遣軍から香港攻略に振り向けられた第二十三軍(司令官・酒井隆中将)は、日本時間12月8日午前3時、第二十五軍から上陸成功を知らせる暗号電、
 ――ハナサク、ハナサク。
 を受けた。

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日米開戦(5)

 〈最初の一発〉
 太平洋戦争は
 ――日本時間12月8日、ハワイ真珠湾奇襲攻撃作戦で火蓋を切った。
 とされている。

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日米開戦(4)

〈非常時〉

 非常時に対応するには、全国民が一つの目標に向かって一定の規律のもとで行動し、エネルギーを集中するのが効果的であるに違いない。すなわち軍隊と同じように、個人の自由を束縛し、すべてを組織化して中央集権的な意思伝達機構を作り上げなければならない。

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日米開戦(3)

〈アメリカ本土上陸〉
 とはいえ――。
 と筆者が立ち止まるのは、米騒動に端を発した大正デモクラシーでのことである。

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2009年7月19日 (日)

日米開戦(2)

〈挟撃〉

 アメリカが最も恐れていたのはこの作戦だった。
 何となれば、インド洋を制されれば、スエズ運河を通じてナチス・ドイツと大日本帝国が作戦面で連携し、ハワイを落とされればアメリカ合衆国はナチス・ドイツと大日本帝国から挟撃されることになるからである。

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日米開戦(1)

〈小説太平洋戦争〉
 山岡荘八の『小説太平洋戦争』は、小説と銘打ってはいるものの、その精密な取材はほとんどドキュメントといっていい。その中で山岡は、連合艦隊司令長官・山本五十六がハワイ強襲を考えるにいたった理由を次のように説明している。

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機密戦争日誌(5)

〈博打〉

 第二次大戦の太平洋戦争は、日本軍が真珠湾を奇襲で攻撃したことばかりがクローズアップされる。だがアメリカ海軍も日本との開戦を前提に、準備行動を開始していたことは意外と知られていない。

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機密戦争日誌(4)

〈目出度之天佑〉1941.11.27

 杉山の一言で東条は第一案を放棄した。そもそも同腹だったのだから当然といえば当然だったが、ここで東条は開戦決意の責任を杉山に転嫁したのである。

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機密戦争日誌(3)

 〈士気に関す〉1941.11.1

 8月22日付の『機密戦争日誌』は、「対米英戦決意」の文字が現れる最初とされている。さらに近衛内閣が崩壊し東条内閣が発足した10月18日、第二十班は手放しで喜んでいる。

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機密戦争日誌(2)

 〈杉山元〉

 序文にもあるように、本来であれば1945年8月15日の玉音放送から9月8日の連合国軍総司令部(GHQ)進駐までの間に、帝国陸軍関係者によって、完全に焼却処分されているはずのものであった。

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機密戦争日誌(1)

 〈序文〉
 本書は“戦記もの”ではないので、第二次大戦、ことに太平洋戦争について、その経過を詳細に語る紙幅を持たない。ただ、次の観点から、太平洋戦争のポイントとなった事実を積み重ねようと考えている。

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